赦しの実践
- CHIEKO
- 2021年7月3日
- 読了時間: 4分
今朝 母から電話があった
元気だった 94歳の母の父 つまり祖父の 健康状態についてのことだった
母は 祖父に何か言葉をかけてあげたいから
祖父を癒すような何か 送るメッセージの 智恵を貸してほしいと 言った
だけど 私にはできないと言った
それに関して私にできることは 何もないと言った
ただ 私にできることは それについて 母が抱いている
不安や恐れを 取り除くことだけだと言った
母はあらゆることに 自分の恐れを付与していた
不安感を投影し 恐れを投影し 自分の恐れを見ないようにと 外にそれらを見ていた
母は 祖父の話を持ち出して
自分のそれらを どうにかして欲しくて
電話をかけてきたことが 私の心に見えてきた
これまでの母との関係性は 最悪だった
私自身が 自分の心の罪悪感を 母に 投影していたからだ
私が 外側から内側へと戻り 自らの心の中を 探究しはじめてから
それは 顕著に現れていった
その度に 私は困惑した
それを どうしたらいいかわからずに ただただ 母につらく当たった
そして母を避け 疎遠という形を取るしかなかった
だけどそれは 真の解決法ではないことも 私には 充分にわかっていた
そうした中 出会った奇跡講座で 赦しの実践が 始まった
疎遠だった母と 再び向き合う機会がやって来た
自分が母に投影した 罪の意識が とめどなく 浮上していく過程の中で
時には恐れが憎悪になって 見たくない顔が引き出された
心に隠していた パンドラの匣を開けた私の心は 母に対する 憎悪で満ちていた
母に抱いていた 赦せない思いを 何度も何度も 見せられては
その度に 何度も何度も赦しを行い続けた
これならうまく行くと思った 赦しの実践も 何度 失敗したと思ったことだろう
お互いに 傷つけあっては涙を流し
辛い思いを 経験しては 何度 諦めようと思ったことだろう
だけどそれでも 何度も何度も 自我を選んでいた心から 聖霊を選び直し
聖霊とともに 自分の罪悪感を見ては 赦しを 実践し続けた
心の旅路を歩み始めてから 約10年
赦しを実践しはじめて 3年半が経った
学生時代 友のように慕っていた母との関係性は
特別な愛から 特別な憎悪を経て 今 聖なる関係性へと移行し始めている
今朝 祖父に対して抱いた母の不安感は
コロナや周囲の状況に投影した 母の恐れは
ただ 私が聖霊とともに見て 聖霊が語るそれを伝えただけで 消え去っていった
そうか わかった
自分の感情と 外に見えている出来事とは 何も 関係がないんだね
そうだ 恐れは自分が引き寄せていたんだ
あ~ そうそうその通り 何か楽になった
自分が 気になっていたことが 本当は 何なのかが見えてきた
自分の心が 今よりも穏やかになった時
心から 何かしたいと思ったら その時に そうすることにする
こうした会話が 普通にできるようになった
そして
12月生まれの母も もうすぐ74歳
何よりも 元気でいてくれることがありがたい
救済は 本当に 私以外の すべての人たちからやってくる
私の心を 真に救えるのは
目の前にいる その人を通して見る 聖なる心の中に 於いてのみだ
聖なる心は 誰にでもある
そうした 確かさによって訪れる
聖なる瞬間は
その時
一なる心によって すべての心を包み込む
これまで歩んできた 心の道を通して 今までの 赦しの実践を経て
今 本当に そう思えるようになっている
今この瞬間のこの時に 感謝を込めて・・・
2020,11,7
<追記>
その後 母は祖父に手紙を書いた
自らが そうしたいと思う通りに そうしたようだ
母は とても満足していた
そして 祖父は
新しい年が明ける前に この世を去っていった
この流れの中で
私の心も 周辺の出来事も
大きく 何かが変わっていった
*
誰もが
答えを 自らの心の中に持っている
その答えを こちらが察して言うのは簡単だけれど
それは その人の本当の答えとは限らない
そして
その人が持っている答えを 誰かが答えることは
自らが受け取る そのチャンスを奪ってしまうことだ
その人の力を 奪ってしまうことだ
自分が 誰かにしてあげられることは
本当に ほんの少しだけだ
唯々 通り過ぎる者でありたい
2021,7,3
・・・・・祖父と母に捧ぐ・・・・・

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